アルコール摂取と現実逃避
眠剤でもアルコールでも、夢の世界へは行けない
昨日、アルコールをかなり呑んだ。
早く寝てしまいたかったからだ。
TVもみる気がしない。本を読む気もしない。雑誌を捲る気もしない。音楽を聴く気もしない。
猫と戯れる気すら起きない。
ぼーっとするのすら億劫。
起きていることが億劫。
要するに眠りに逃避したいのだ。
もし、眠剤が「飲めば直ぐに眠れる」のであれば、眠剤を飲むかもしれない。だが残念なことに、眠剤は効かない。効くのなら、こんな睡眠障害で日々悩み、苦労することは無い。
眠剤や向精神薬を、アルコールでブーストをかけて飲もうとも思わない。
薬に対し、不信感が強い自分は、規定された様にしか薬を飲まない。
「アルコールでやらかそう」という意思が全く無いので、どの主治医からもアルコールについて、指示も注意も受けたことは無い。
どの主治医にも、自分のアルコール摂取については隠さず話してきたので、まあ「大丈夫」というか、信頼されているのだろう。
入院中にすら飲んだことがある。
アルコールの「催眠効果」に期待して飲む
半升以上呑んだ。
それ以降はカウントを辞めた。
30代の頃は、日本酒で一升瓶空ける程呑んだこともあったが、もうそんな事は無いだろうから、それ以上はカウントしない。
ただ半升飲む事はほどんど無いし、かなりの量だと認識しているので、そこまでは律儀にカウントする。
ワインを400cc、その後焼酎6:4で700cc程。
眠気なんて毛ほども感じない。
酩酊状態になる事もない。
顔も赤くならない。言語も明瞭。頭もクリアー。
因みに、吐いたことも記憶を飛ばした経験も、二日酔いもしたことが無い。
こんな「ザルな自分」が恨めしい。
それでも眠りの世界に行きたいのだ。今すぐに。
酒を呑んだら、服薬まで2時間半は開けるために、眠りにつくのが遅くなる。
飲み過ぎれば、夜中に口が乾く。
何度も中途覚醒する。
考える程、アルコールによって、逆に睡眠から遠ざかっている。
それら全て分かっているのに、催眠効果の恩恵にあったことなどないのに、アルコールに望みをかけてしまうのだ。
視覚・聴覚全ての刺激の無い所へ
何も考えない、思わない眠りの世界へ
飲んでも逃避は出来ない
中島みゆきの「飲んででもいなければ 悲しみは眠らない」(『生まれた時から』)の歌詞がリフレインする。
飲んだら、悲しみは眠ったのだろうか?
眠らなかったから、歌っているのか?
飲みやめたのは、飲む酒が無くなったからだ。
アルコールならまだある。種類を問わなければ。
だが、不味い酒を飲んでまで、逃避したいとは思わない。
酒が好きだから、ただアルコールであればいいという発想は無い。
酒の味すら気にしなくなったその時は、アルコールに気をつけなければならないだろう。
薬を飲むまで、結局はぼーっとした時を過ごす。
これだけ飲めば、血中アルコール濃度が高すぎて、時間を開ける意味はないだろうが、少しでも時間をあける。
酔って眠れる人が羨ましい。
記憶をなくす人が羨ましい。
気分が高揚する人が羨ましい。
鬱や軽躁の波とは別に、時々訪れる睡眠への逃避願望。
なんだか現実世界の全ての刺激を遮断したくなるのだ。
睡眠への夢は、果たされない。
アルコールも眠剤も、自分を夢の中へは連れて行ってはくれない
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7時の段階で、起きてもよかったのだが、どうせ何もやる気が無いのだから、そのまま寝続けた。せっかく鬱から快復しつつあるのだから、ルネスタ2mg、ベルソムラ1/2錠に加味逍遥散料を保険として服薬しよう。
(薬の自己調整許可あり)
2019(平成31)年1月15日(火)
☆☆☆ 追記 ☆☆☆
「何故、アルコール飲酒を医師が問題にしないのか」の記事 ↓↓↓↓↓